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山縣の結婚式の夜の話@中野半左衛門日記

山口県文書館で、『中野半左衛門日記』を読んできました。

中野半左衛門とは・・・
西市(現在の下関市豊田町)の大庄屋で萩藩の御用商人。
高杉や奇兵隊とも付き合いがあり、度々藩士たちを泊めたりしています。
 
その日記の慶応3年4月の部分から大変なものを見つけてしまったので、取り急ぎご報告いたします!!!!!!
 
 
端的に言うと、
山縣さんの婚礼の宴の夜に高杉の容態がダメになり、新婚なのに高杉のせいで馬関へ呼び戻されていたという話です(ざっくり)
 


※以下、『中野半左衛門日記』から該当箇所の原本を起こしていますが、素人なので間違えている可能性がめっちゃ高いです。わからんところは□にしています…。
 

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四月八日 雨 朝サムシ
一 湯玉よりお良迎として下男下女来ル
     山縣狂介殿江お友遣候知せ到来
     十一日に入家之由半左衛門夫婦来り呉候様案内
     赤飯到来

【解説】豊浦郡吉田の庄屋・石川良平の娘友子が山縣に嫁入りすることが決まったようで、同じ豊浦郡の庄屋である中野のところに招待が来ています。十一日に宴をするというようなことが書いてあります。
 
ちなみに『久保松太郎日記』によると、この日山縣さんは高杉の見舞いに行っています…(重要)
 
 
 

四月十一日
一 山縣殿婚姻調候事
     人数  山縣 福田 石川 入江
     家内  西嶋孫兵衛内  道元
      其外略之
一 芸妓  福松?  小竹  小藤
 右福田権介被連来終夜座敷相勤候事
    金百疋両 芸妓三人江
     二朱  仲居江
夜明ヶに 酒取□候事

【解説】この日が婚礼(?)だった模様。結構身内だけでこじんまりやってる感じです。福田が軍監の福田侠平でよいのかどうかは不明。




四月十二日  天気
一 時山直八殿  交野十郎殿  杉山正一郎殿
  南野市郎殿

 右婚姻歓として吉田屯集所より被来候事
    終夜盛宴
一 夜半頃関より山縣殿江飛脚到来高杉東行殿病気重々最早活露更々無之旨申来ル
 
 (訳:夜中、下関から山縣さんに飛脚が届き、高杉さんの病気が重く、いよいよもうダメということを知らせてきました)

【解説】この日が婚礼の宴で、身内以外の奇兵隊メンバーも呼んでのどんちゃん騒ぎだったっぽい。
そんな中、夜中に山縣さんのもとに、高杉がもういよいよダメという連絡が来ます。お祝いの最中なのに!!!
(初めての結婚の日にそんな連絡が来るとか、本当に山縣さんって…)




四月十三日  天気
一 山縣狂介殿関へ被帰候事
一 時山其外吉田江被帰候事
    右両方送りとして石川一□此方夫婦不残不帰山迄行酒宴
    別當馬に喰□候事
一 高杉晋作東行今日遠行之由
     墓吉田駅ニ立ツ 

【解説】翌日、山縣は馬関へ戻り、高杉のもとへ向かいました(時山達は吉田に帰るんかい…)(そして新郎抜きで宴は続行した模様)
13日の未明、高杉はこの世を去りました。


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以上が、『中野半左衛門日記』における山縣の結婚と高杉の逝去に関する記述です。
突っ込みどころは色々ありますが、
ここに至るまで散々山縣さんの上京を邪魔した挙句、結婚式の夜に馬関に連れ戻す高杉はとんでもないな…と思いました(結論)


 
 
ちなみにその後の山縣さんについて少し補足を。
14日 福田や白石と高杉の葬儀について相談
16日 吉田清水山の葬儀に出る
21日 木戸さんに高杉の訃報を知らせる
5月2日 上京のため馬関を発つ
という流れです。
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